歴史好きじゃなくても楽しめる!「麒麟がくる」の魅力とは

カズ夫

僕は、ある番組を毎週欠かさずに見ています。それが大河ドラマ「麒麟がくる」です。

僕はTVを見る方ではありません。欲しい情報はネットでいくらでも手に入りますので、TVは全く見ていないのです。歴史についても、教養のある方ではありません。せいぜい織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を筆頭にした三英傑、織田信長は最後には本能寺で明智光秀に討たれて終わるぐらいの浅い知識です。

ただ、大河ドラマ自体は、新年が明けた初回放送の時は新鮮なので、少し目にしてはいます。いつもなら暫く見た後、(こんなもんか)とすぐチャンネルを切り替えて終わりなのですが、今年は違いました!このドラマは、面白い!

歴史知識に浅くTVにも興味がないのに、この番組を見ていると、妙な魅力に引き付けられ、気が付いたら次回が気になって仕方ありません。

TVに全く興味のない人を釘付けにする魔力がこのドラマにはあるんですよ!これって凄くないですか!?

たまたま僕だけがその魔力に惑わされただけかも知れません。でも、自分だけがこの番組を楽しむのではもったいない。このドラマのどこにそんな魅力、面白さがあるのか分析して、できるだけ多くの人に共有できた方が、ずっと有益ではありませんか?

という事で、これから大河ドラマ「麒麟がくる」の魅力についてたっぷりと語っていこうと思います。

語るにあたって一つだけ前置きさせて頂きます。

僕自身、毎週欠かさずこのドラマを視聴していますが、あくまで僕が番組から受けた印象、感想を語っていきます。その為、これから話す内容が、歴史として必ずしも正しい知識とは限らないという点だけ、ご了承下さい。

 

1、「合戦」だけが戦国時代の表現方法ではない

大河ドラマ「麒麟がくる」の時代設定は、諸国の大名が互いの利益を求めて争いを繰り広げる戦国時代。この時代設定を考えると、見どころはやはり「合戦」の場面でしょう。

ところが、ドラマでは意外にも合戦のシーンが多くありません。予算の問題もあるかも知れませんが、その代わりにやたら登場するシーンが「暗殺」です。

僕が覚えている限り、既に7回は暗殺シーンが出てきてます。

なぜこれほどまでに暗殺のシーンが多いのか考えました。すると、2つの理由が見えてきたのです。1つ目は、暗殺は戦をするよりも遥かに効率よく相手の力を削れるからです。

なまじ戦ではなく、「暗殺」の方が戦国時代の殺伐とした空気が感じられます。

さらに、戦をして終わりではないのがこのドラマの凄い所!

このドラマの面白いのは、合戦後に負ったダメージの復旧まで考えねばならない事です。

例えば物語の当初、光秀属する美濃と、敵対国の尾張が戦を起こします。結果は美濃が勝ちますが、美濃はその後、戦で荒れ果てた田や畑、村を復旧させねばなりません。

美濃は財力と主君の人望がないので、戦で受けたダメージを回復させるのに時間がかかってしまいます。

一方尾張は、負けても莫大な財力があるので、すぐに回復して次に備えてしまいます。こういった描写を見て、僕はとてもリアルに感じました。

2つ目の理由は、光秀が最後に起こすあの「本能寺の変」に繋げる意図を感じるからです。

光秀はとても聡明かつ心優しい人物。基本的に戦を避けて事を治めようとするのですが、その光秀が最後には主君である信長を裏切って、あのような結末を迎えるのです。

光秀は聡明なので、「戦」ではなく「暗殺」の方が、遥かに効率的だとすぐ気づくはずです。それに、光秀はどうすればより確実に信長を打ち滅ぼせるのかといった事を考える際、この多くの暗殺シーンからヒントを得て本能寺へと活かすのだと思います。

 

2、張り詰めた緊張感での会話劇

緊張感とは何ぞやという事ですが、こんな場面があるんです。

主人公である光秀がある時、守護大名と呼ばれる人に同行を求められます。従わなければ斬ると脅されるのです。しかも脅しているのは光秀の幼い頃からの学友です。

こんな事になっている原因は、自分の国である美濃と、敵対している尾張と和議を結んだからです。美濃と尾張の和議は、光秀の学友と守護大名にとって、決して許せない行為。敵対国であり、どこの馬の骨とも知れない織田信長と和議を結ぶことはプライドが許さない。そして何より、尾張との和議を結ぶ手配をしたのが、他ならぬ光秀だったからです。

光秀の学友にとっては、裏切られた気分になったでしょう。

光秀は守護大名の館に連れて来られ、学友とその同氏ら(尾張との同盟反対派)に問い詰められます。

「なぜ尾張と手を結ぶ?美濃の国は代々源頼朝の血が流れる由緒正しき地ぞ!何故どこの馬とも知れん尾張などと手を結ぶ?」

答えようによっては命を取られる可能性があります。これが戦国時代の空気です!答え方ひとつで首が飛ぶかもしないんです!そんな緊張感が画面からピリピリしてくるんです!

学友はまだ光秀に対して情けをかけてくれています。

「今からでも遅くない。織田との和議を潰すのだ」

光秀は深呼吸をした後、毅然とした態度で答えます。

「土岐様(守護大名の名前)は尾張の熱田に行かれた事はありますか?珍しい品々が港から溢れんほどに集まり、町の人はそれを買うていく。尾張の国は、豊かな国でございます。美濃の国も織物や紙、焼き物を運び、それで豊かになれるのであれば!一滴の血を流さず、戦をしないのであれば、それも宜しいのではないのでしょうか?」

どうですか!?

答え方ひとつ間違えれば絶対絶命の状況下、理路整然としていて分かりやすく説明する光秀は!なんて気持ちよく、清々しいシーンなのでしょう!

このようにこのドラマはピリピリとした緊張感の中、相手から問い詰めに対して、絶妙な光秀の「返し」がたまらないんです!

 

3、歴史を知らなくても話が分かる

僕は、歴史自体は好きです。でも、一般知識程度の教養しか持ち合わしていません。

幕府内の複雑な権力争いや、諸国大名の駆け引き等、難しい話も出てきますが、それでもこのドラマは楽しめます!なぜだか分かりますか?

僕のような歴史に疎い人間でも、話の流れが分かるよう、このドラマは丁寧に作られています。何が丁寧かといえば、それは「お金」です。

力のある者は皆、豊かな財力を手にしている事は誰にも分かります。

ではその財力は、一体何によってもたらされたのでしょうか?

私は織田信長の属する尾張がなぜ、全国統一あと一歩のところまで勢力を拡大できたのかが分かりませんでした。尾張には、莫大な富があります。では何故、尾張には莫大な富があったのでしょうか?

尾張の豊かさを象徴する、こんなシーンがあります。

光秀は京都の旅の報告を、上司である斎藤道山へ報告しました。すると道山は「帝(みかど)のおわす御所の塀は見たか?」と言うのです。その上で、こう話します。

「数年前、京で大きな洪水が起きた。塀は無残にも壊され、帝は塀を修繕する為の費用を、諸国の大名達に要請したのだ。幕府を含む他の諸大名が出せたのは数百貫。尾張の国は4000貫。輪が美濃の国は、一銭も出せなかった、、、」

どうですか!?このセリフ1つで、尾張の豊かさがはっきり分かる素晴らしい場面です!

更になぜ、尾張がここまでの財力があるのかまで明かされます。

「尾張には、海がある、、、海のある国は食うに困らんのじゃ。この美濃の国には、海がない、、、」

納得ができるセリフです。海がある国は、貿易ができるのです。

尾張の財力は、豊かな海によってもたらされていたんですね!

歴史の知識をほとんど知らない僕には、このセリフに胸を打ちました!このように「麒麟がくる」では、諸国のパワーバランンス、強い国はなぜ強いかといった理由も分かりやすく説明されるので、話が複雑になってもある程度理解できるのです。

 

4、信長が、あの「信長」になる仮定が描かれる

「麒麟がくる」の登場人物は皆魅力的ですが、僕が一番活躍を楽しみにしている人物が「織田信長」です。

なぜ信長かといえば、初めはこの人物、全然信長に見えなかったからです。

織田信長ってイメージが付いているじゃないですか。「カリスマ」「男前」「クール」とか。

でも偉大な武将でも、始まりは、名もないただの若造です。

このドラマの信長の初登場シーンは、漁から帰ってきて、とった魚を捌いて町の人へ売ってるシーンです。しかも農民の様な、超ボロボロの服を着ています。皆がイメージしている「男前」「カリスマ」でもなんでもない、ただのやんちゃ坊主な少年といった感じでした。

こんな男のどこに「織田信長」を感じるんでしょうか!?

それが回を追うごとに、貫禄が付いて、誰もがイメージするあの「信長」に変貌していくのですから、本当にすごいです!

私は織田信長役である俳優の染谷将太さんを、稀代の役者だと思います。

染谷さんもまだ28と若く、僕達が想像するかっこいい信長とは、失礼ですが程遠い印象です。それが回を増すごとに、どんどん貫禄が付いてくるんですよ!

因みにドラマの信長ですが、一言でいえば「承認欲求の塊」です。母の愛を受けずに育った事で、常に誰かに認められたい、褒められたいという思いが信長にはあります。始めは釣った魚を捌くことで町の人から褒められ、戦に勝つことで家臣から褒められ、もっと人から褒められたいという理由で、信長は上へ上へと昇りつめていきます。そうしてあの「信長」へ変貌していくのです!

皆から褒められたい信長ですが、やり方がかなり残虐かつ非道です。父から褒めて欲しくて、敵将を暗殺してその首を祝いの席でプレゼントしたり、京におわす帝を喜ばす為に、蘭奢待と呼ばれる国内最高峰の香木を半分に割ってプレゼントします。

信長は褒められる為に頑張りますが、相手への配慮、気遣いといった心配りが絶望的に欠けています。僕は信長を見ていて、信長はどうしたら家臣の人望を得られていたかばかり考えていましたが、この考えは違っていました。

私達の心の中にも、信長がいるのです。誰かに認められたいという気持ちが。

でも褒められる為に行動し続けると、どうなってしまうのでしょうか?

下手をすれば、信長のように、褒められようとするあまり、かえって皆から奇異の目で見られてしまうかもしれません。この点、主人公の光秀は、一貫して戦を無くし、麒麟のくる穏やかな世を作りたいという信念があります。そこに褒められたいという気持ちは微塵もありません。

信長が敵国や幕府まで滅ぼし家臣に褒められ喜んでいても、光秀の顔は晴れないのです。

光秀の目的は、国のトップになることではなく、穏やかな世を作ることが目的だからです。

だから話が進むほど、信長と光秀のすれ違いも大きくなり、本能寺の変に繋がる流れも分かりやすくなっています。

 

まとめ

大河ドラマ「麒麟がくる」は、とても魅力的なドラマです。歴史に詳しくない人はもちろん、テレビすら禄に見ない僕のような人まで引き付ける魔力があります。

その魔力の根源について考えると、つまるところ、「人の心」を、このドラマで描き出そうとしていると考えられます。

光秀には穏やかな世を作る信念があり、信長には皆からの承認欲求があり、秀吉は底辺農民の経験から、とにかく上へ上り詰めたいという野心があります。家康も光秀の「麒麟がくる世を作る」信念に共鳴している人物です。これら登場人物が抱く理念、信念は、私達にも少なからず持っていると思います。

このドラマを見ていると、登場人物のセリフ、感情から私達が今後、どのように人と接すれば良いのか、どう行動すれば良いのかといった、人生バイブルのような捉え方もできるのです。大げさかも知れませんが、このドラマには、人生をより良く生きるヒントがたくさん詰まっている気がします。

この文章を読んで、このドラマに少しでも興味をお持ちしましたら、ぜひ一度ご視聴下さい!そして少しでもこの面白さに共鳴できましたら、僕としては何よりも喜びです!

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