あなたは本当に、箏を知っていますか

Churu

箏(こと)と聞いて、あなたはどんなイメージが浮かんだだろうか。

着物を着たしとやかな女性が、お正月にポロロンと上品に奏でているイメージ…かもしれない。だがそれで止まっていては、あまりにもったいない。

箏にはもっと、いろいろな表情がある。そしてその魅力は、日本人にあまりにも浸透していないと感じる。

ところで、ここで一つ説明を加えると、皆さんがよく目にする“琴”と、今回私が紹介する“箏”には少し違いがある。

琴には『柱(じ)』と呼ばれる可動式の支柱が無く、弦を指で押すポジションによって音程を変える。対して箏は、柱を動かすことによって音程を調整する。他にも細かな違いはあるものの、最大の違いと言えば柱の有無であろう。

さて今回は、私が愛してやまない和楽器、箏のあまり知られていない魅力を語り尽くしたいと思うわけだが、まずは私が箏に“一耳惚れ”したいきさつを振り返ろう。

 

 

突風と、桜吹雪

私が箏に初めて触れたのは、中学生の時。入学する前から、その学校には『箏曲部(そうきょくぶ)』があると風の噂で聞き、なんとなく、珍しいからやってみようかなという軽い気持ちでいた。

そして迎えた部活紹介の日。

あの衝撃は今でも忘れられない。突如襲ってきた音の“突風”。一音目から心を射抜かれた。

整然と並べられた箏は凛と美しく、それを奏でる指はいかにも繊細であるにも関わらず、その楽器から飛び出す音は強く、深く、心を揺さぶる。そこに私の知る箏の姿などなかった。1人か2人で静かに奏でる音色しか聴いたことのなかった私にとって、10人ほどの部員たちが奏でる力強くスピード感のある現代曲は、衝撃でしかなかった。

その日、私は迷わず箏曲部室へと向かった。

体験入部で弾く曲は、『桜』。言わずと知れた名曲である。初めて箏爪を付け、恐る恐る音を鳴らす。指を当てるタイミング、力の入れ方、弾く位置で、全く音が変わる。この古くも新しい楽器に触れる時間は、本当に楽しかった。

今考えれば、私の緊張をほぐすための先輩のお世辞に過ぎなかったと思うのだが、その日たくさん先輩たちに褒めてもらってすっかりその気になった私は、『桜』の短いフレーズを何度も何度も何度も弾いた。家に帰っても“エアー箏”をかき鳴らすほどのハマりようだった。実に単純人間である。

そこから私は、繰り返し箏に魅了されてきたのだ。

ちなみにこれ以降、私の箏爪ケース、箏カバーなどは、みな桜模様。実に、単純人間である。

 

 

繊細な気分屋さん

箏を弾く前に必ずしなくてはいけないのが、『調弦』つまりチューニングである。箏の場合、柱を動かして一本一本チューニングしていく。

これがなかなか難しい。

まず、弾く曲によって柱の位置が毎回違う。また、柱が1mmずれただけでも、不協和音が生まれてしまう。さらに言うと、天候や湿度、弦の緩みなどによって、同じ曲でも毎日微妙に柱の位置が変わる。これを、チューナーと呼ばれる機械を使ったり、慣れてくると自分の耳を頼りにして調整していく。

自分の音感だけで調弦ができるようになると、箏奏者として一人前になったようで、大変気分が良い。

この調弦を丁寧にやるのとやらないのとでは、その後弾く曲の出来に雲泥の差ができる。調弦のピシッと合った箏で演奏すれば、まるで一面のみで弾いているかのような調和した音色となる。

しかし演奏前にせっかく調弦しても、弾いているうちに柱の位置がずれてしまうのはよくあること。それで奏者は、演奏中にもこまめに音程を耳で確認し、柱を動かし、常に音程を正確な状態に保たなければならない。

うーむ、まるで機嫌のコロコロ変わる女子のようではないか。なかなか手のかかる子なのである。

だが、それもまた愛し。

 

 

箏と根性

箏奏者は、ただまったりはんなり音を出していれば良いわけではない。

弾く時にはしっかり力を込めるので、人によっては腱鞘炎になってしまう。演奏時に常に親指の付け根にギプスを巻き、痛みに負けず真剣に練習に励んでいた筝曲部員の姿は、いまだに印象に残っている。

腱鞘炎の他にも、箏奏者が必ず闘わなければいけない痛みがある。

それは…指のマメ!!

指にはめる箏爪は3つ。基本的にはその3本で弾くわけだが、他の指の出番も意外と多い。指で弦を弾いて音を出したり、弦を押して音程を調整したりするからだ。おかげで箏を始めてまもなく、奏者の指はもれなくマメだらけになる。

それにめげずに痛みを堪えて弾き続けマメが何度かつぶれる頃には、いつしか指の皮は厚く硬くなり、痛みを感じない箏奏者の指となっているのだ。

触れば練習量の分かるその指は、箏奏者の誇りであり勲章である。

 

 

箏の“ベース”

通常の箏は13本の弦があるが、『十七弦』と言われる箏には、文字通り17本の弦がある。

十七弦は通常の箏より大きく重たい。弦もかなり太め。その音色は、まさにバンドで言うところのベースである。ずっしり重みのあるその音は、箏の合奏に厚みを与える。十七弦があるのと無いのとでは、曲の雰囲気も全く違う。

私が箏に出会った部活発表会の際も、ずらりと並んだ箏の一番前に置かれた十七弦の迫力は思わず息を呑むほどだった。(十七弦を最後列に置く場合もある。私の学校では最前列に配置されていた)

十七弦の弦は太く、弦と弦の間の間隔も広い。それで、この箏を弾きこなすには、手が大きく力が強い方が有利となる。しとやか?か弱い?なんじゃそんなもん。という勢いで全身を使って演奏しなくてはいけないのである。

箏の演奏に指圧や体力が必要だなんて、ちょっと予想外なのではないだろうか?

皆さんが次に箏の演奏を聴く機会がある時には、ぜひ十七弦にも注目してみてほしい。意外な箏の姿に驚くかもしれない。

音楽を聴く時ついベースの音ばかり聴いてしまうというそこのアナタには、特におすすめしたい。思わずその音色に惚れ込んでしまうこと、間違いなしである。

 

 

男性諸君!箏はあなたを呼んでいる

“箏奏者”と聞くと、まずは女性が思い浮かぶのではないだろうか。だが、実は男性の箏奏者も少なからず存在する。

そしてこれが!とにもかくにも素敵なのである!

私が所属していた箏曲部にも男子部員がおり、最初は意外に思ったが、その考えはすぐに消え去った。

女性が比較的繊細で柔らかく幻想的な音を出すのに対し、男性の出す音は力強く、どっしりとした安定感と重厚感がある。その男性が前述の十七弦なぞ弾いた日には、その迫力5割増である!

事実すでにお伝えしたように、十七弦を弾くには力と手の大きさも重要になってくるので、男性奏者はまさに適役というわけである。

着物姿の男性が時に優しく、時に力強く箏を奏でている姿は、格好良さも5割増。箏と聞いて女性の楽器と敬遠している男性の皆さんにも、ぜひ一度箏に触れてみてほしい。

日本にもっと男性箏奏者が増えるよう、流れ星に願いたい今日この頃である。

 

 

二次元を飛び出す音色たち

ここまで、私の惚れ込む箏の魅力の一部を紹介してきたが、最後におすすめするのは、箏曲部を題材にした漫画『この音とまれ!』

この作品は、廃部寸前の箏曲部を個性豊かな部員たちが立て直していくというお話。この箏曲部の部員は、なんと8割を男子が占める。そのほとんどは、箏未経験。

それで今まで箏に縁もゆかりもなかった方でも、これらの新入部員たちと共に、気軽に箏の世界に触れることができる。

 

『この音とまれ!』の作者アミューは、箏の先生を母に持ち、姉は箏奏者。そんなアミューの描く箏の世界は、楽しく、切なく、情緒にあふれている。

荒々しい立ち振る舞いで誤解されやすい主人公が、箏に向き合うと繊細な音を紡ぐのに対し、小柄なヒロインが十七弦をかき鳴らし周りを圧倒する様子が大変印象的だ。

作品中で箏曲部の廃部をかけ、全校生徒の前で演奏するシーンは、特に胸を打つ。白黒の漫画を読んでいるはずなのに、景色が見える。音が聴こえる。

後にこの作品がアニメ化された際、このシーンで箏曲部が演奏する『龍星群』という曲は、実際に作曲され、プロの箏奏者たちにより演奏された。

これがまた、大変な衝撃を私に与えた。今までだって何度となく箏の音色には感動してきたはずなのに、箏の演奏を聴いて、初めて涙がこぼれた。

“音が生きている”というのがどういう事かを、初めて理解した。音から感情が伝わってくる。奏者の想いが心に響く。そして圧巻のクライマックス。音が鳴り止んでしばらくは、呆然としてしまった。プロの箏奏者の凄みすら感じた。

箏には色んな弾き方がある。色んな顔がある。あなたは箏を本当に知っているか。

そんな想いを、音と共に浴びせられた気分だった。

もがきながらも、ひたすらまっすぐに音と向き合うキラキラした箏奏者たちに、あなたも一度、会いに行ってみてはいかがだろうか。

彼らの紡ぐ音は、きっとあなたの心にも感動をくれるはずだ。

 

 

あなたは箏を、どれだけ知っていますか

箏は、日本を代表する和楽器の一つだ。

けれど、その本当の魅力を知る人はまだ多くない。

様々な演奏テクニックを必要とし、じっくり箏の音色を響かせる古典曲。

人の予想を覆し、箏の新しい世界を切り開く現代曲。

そのどちらも、知れば知るほど魅力を増していく。噛めば噛むほど味の出るスルメのように。それを噛まずに飲み込んでしまっては、もったいないのではないだろうか?

音楽があふれかえる今の世の中で、時には立ち止まり、心と耳を研ぎ澄まし、箏の音色に身を任せてみてほしい。

そうすればきっと、また少し、この国と文化を好きになれるはずだから。

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この"好き"を書いてる人

Churu

方言に憧れてる系江戸っ子

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