これが少女漫画?川原泉の“哲学メルヘン”

Churu

はて。

“哲学メルヘン”とはまた、一見相対する単語が並んだものだ。

共存しそうにない二つの世界観。だが川原泉の漫画の中には、確かにそれらが同時に存在する。

川原泉は、1983年にデビューした漫画家。画風は“ザ・昭和の少女漫画”。だが、読み始めればすぐに、その独特の世界観に気付く。そして、読み終える頃にはもう川原ワールドの虜になっている。

まずはそんな川原漫画と私の出会いから振り返ろう。

 

 

ある日森の中カメさんに出会った

その日、まだ中学生だった私は図書館で、一冊の漫画雑誌を手に取った。親が漫画を買い与えてくれる家庭ではなかったため、無料で読める図書館の漫画は私の楽しみだった。その漫画雑誌の一番最後、まるで添え物のように載せられた短編漫画は私に衝撃を与える。

それが私と川原泉の作品『森には真理が落ちている』との出会いだった。

『森には真理が落ちている』は、女子高生の主人公・霙(みぞれ)が、ひょんなことからカメの姿になってしまうお話。その霙を、成績学年トップのクールボーイがたまたま世話することになって…。

うーむ、何たるファンタジー。いやいや、ファンタジーが何たるかを語る前に、そもそも主人公がカメな少女漫画がどこにある!?キラキラなお目々やサラツヤの髪の毛がカメにあるはずもない。あるのはツルンとまぁるい頭と甲羅だけである。

こんなに型破りな少女漫画なのに、読み始めたら止まらない。どこか庶民じみた口調で常にヘラヘラしているヒロイン(カメ)が、とにかく愛らしい。私は当時カメを飼っていたので、それも手伝って余計に可愛く見えて仕方がない。

また、川原作品特有の「もぎゅもぎゅ」(食べる時の効果音)、「うんにゃ」(否の意)といった独特の言い回しが、何ともクセになる。

さて。対して、霙を拾い自分の家で保護するクラスメイトの氷室くんは、霙に言わせると“ブリザード”のような冷たい目をしている。それには彼の複雑な家庭事情が関係しているのだが、実は霙も孤独な生い立ちだと分かり…。そんな二人は徐々に距離を縮めていく。

そして物語のクライマックス、氷室くんが霙に「カメでもいい…好きだよ」と言うと、霙が嬉しそうに「ほんとかよ」と応じる。どこの少女漫画が告白シーンで「ほんとかよ」って答えるんだよと思うが、でもこれが川原漫画の良さなのである。

読み終えた後は、温かくて不思議な感動が全身を包み込む。何度も何度も読み返して、セリフも覚えてしまうほどだった。それからというもの、私はこの川原ワールドに魅せられてきた。

さてここから、私が特に好きな川原作品を紹介すると同時に、その独特な世界観を皆さんに知っていただきたいと思う。

 

 

親近感湧きまくりの“お嬢様”トリオ

川原漫画と言えば、とにかくゆる~いその語り口調である。

『笑う大天使』では、その魅力がこれでもかというほど発揮されている。

物語の舞台は、お金持ちのお嬢様ばかりが通う超名門高校。見目麗しい大和撫子たちの中に、毛色の変わった生徒が三人。この三人、「周りとどこか違う雰囲気が素敵」と周りの生徒たちからの人気を集めるが、実はとんでもない猫かぶり。シェフの作った一級品スイーツよりも、アジの開きやムギチョコの方がいいもんね~なんて人たちなのである。

分厚い猫を脱ぎ捨てた途端、淑やかな口調や凛とした表情はどこへやら。我々庶民にとって何とも親近感の湧く“そこいらにいるパッとしない女子高生”のお出ましである。

かの名作『源氏物語』の主人公・光源氏も彼女らにかかれば、“歩く煩悩様” “性衝動人” “増殖ワラジムシ”のレッテルを貼られてしまう始末。なんとも理屈っぽく、若さの感じられない思考回路の持ち主なのである。(川原作品の主人公の多くは大抵こんな感じ)

大部分の人間は彼女らの正体に気付いてはいないが、その本性を知る殿方が三人いらっしゃる。彼らはこのヘンテコ三人組に振り回され呆れ果て、それでも彼女らのことが放っておけない。

さてそんな猫かぶりトリオのお話だが、彼女らの家庭環境もなかなかに複雑。事実、川原作品に登場する主人公はかなりの確率で、親を亡くしていたり貧乏だったり、何かしらのシリアスな事情を抱えていることが多い。なのにそれを全く重く感じさせないのは、ひとえに彼女らの素直で超絶ポジティブなその性格と、思わず力の抜ける語り口調のなせる技である。

『笑う大天使』にはメインストーリーの他に、この三人と、彼女らの本性を知る三人の男性それぞれとのショートストーリーも収録されているが、これもまたオススメである。

特に、三人組の中でも小柄な柚子と担任のロレンス先生、そしてロレンスの親友おハルさんとぬいぐるみのルドルフを巡る『オペラ座の怪人』という話は、温かくも切なく、涙なしには読めない作品となっている。

真っ直ぐ友を想い人を思いやる心を思い出させてくれるこの作品を、ぜひ一度読んでみてほしい。

 

 

9粒の“豆”の青春

川原作品が読む人を和ませるのは、登場人物たちの脳内が年中お花畑状態だからである。

『甲子園の空に笑え!』に登場する豆の木高校の野球部員たちはまさにそのタイプの人たち。

監督もいない弱小高校の野球部員たちの野望は、“1回戦突破”。自分らで甲子園に行こうなんてつゆとも思ってない、のほほんとした少年たちの元に、新米教師の広岡が女性監督としてやってくる。

ボンヤリしたピッチャーとおっとりしたキャッチャー、無邪気な4つ子…などなど、まるで闘争心も欲もない野球部の面々に最初はやる気のかけらもなかった広岡だが、シートノックを引き受けた際“ガキどもを駆けずり回らせる快感”を見いだし(それでいーのか大人)、それからというもの野球の練習に力を注いでいく。

彼らにとって甲子園はまるで遠足。不戦勝で大喜びして、相手チームにナメられ手を抜かれたらラッキーと笑う。雨が降ってぬかるんだ球場も、彼らにとっては家の田んぼも同然。そうやってずーっと和気あいあい、毎日が絶好調の豆の木の豆たち。

でもね。補欠の選手もいない彼らは、来る日も来る日も投げ続け、駆け回り続けなきゃならんのだ。そしたら人間なので当然疲れる。さぞ痛かろう。さぞ辛かろう。それでも笑ってる子たちなのだ。健気すぎて泣けてくる。

最終試合の際、広岡が心の中で生徒にエールを送るシーンは、欲に満ち競争社会に生きる私たちの心をほぐし、溶かしていく。

この話を読むと、嫉妬とか誰かを蹴落とそうとかいう醜い感情を持つ自分が恥ずかしくなる。日常のささやかな事に幸せを見いだす喜びを思い出させてくれる。別に特別お金が無くたってさ、目立つ立場にいなくたってさ、そんなもの無くてもいいんじゃない。

この殺伐とした社会で揉まれ擦り切れた大人たちに、広岡監督の言葉を送ろう。

 

…あーきょうも

運が良いといいね

楽しいといいね

幸せだといいね

 

 

銀のロマンティック…わはは

この副見出し、筆者がてきとーに考えた訳ではない。れっきとした川原センセの作品タイトルなのである。わははって何だふざけてるなと思われるかもしれないが、これこそが川原節であるし、読んでみれば全く違う見方ができることだろう。

『銀のロマンティック…わはは』は、天才バレエダンサーの娘に生まれながら、まったくその道での才能を発揮できない更紗と、怪我により引退を余儀なくされたスピードスケート選手の影浦がペアを組み、フィギュアスケートの世界に羽ばたいていくお話である。

“銀のロマンティック”は、二人をフィギュアスケートの道に導いたコーチが、自分で編み出した造語。それは「叙情性の魔法」「観る者の共感を生み、魅了する」「貴方と私の魂の共鳴」「氷上の奇蹟」。…なんのこっちゃよう分からん。

つまるところ彼らは、氷上において時に“激情を燃やす男女”となったりして様々な情緒を表現しなければいけないわけだが、彼らが実際演技をするシーンでは、“点目と棒の口”が多用されている。よーするになんともマヌケでシンプルな顔のことである。

実はこの顔の描き方、川原作品のもう一つの大きな特徴である。通常ギャグシーンなどで用いられることのある点目だが、川原作品では、シリアスな場面でも容赦なくこの顔で描かれる。

だがそれがまた絶妙。雰囲気や格式を損なってしまうのではと思いきや、この顔がいい塩梅に重すぎる設定を軽くし、と同時に登場人物の実直さや健気さを際立たせる。

『銀のロマンティック…わはは』においても、まるでロマンのかけらも無さそうなこの表情で滑る二人の姿が、不思議と胸を打つ。これは川原泉この人だからこそできる一種の技術である。

それから、川原泉の斜め上をいく発想力もなかなかのもの。

世界選手権で優勝したソ連のウラジミール選手とタチアナ選手も、川原泉にかかれば“コミュニズム(共産主義)の裏地味る君と立穴さん”に早変わりである。なんてことないシーンでこういうのが出てくるので、思わず笑ってしまう。

こんな解説ばかりしていると、まるでこの作品がもっぱらふざけているみたいだが、そうではない。川原泉は、漫画だからって100点満点のハッピーエンドばかり描いたりはしない。

人生、どうにもならないこともある。どんなに頑張っても、直面しなくちゃいけない残酷な現実がある。そして後に残るのは、キラキラ眩しい幸せな夢と、愛すべき人たちと、少しの切なさ。

読み終えればしばらくは、その儚くも心地よい余韻に浸ってしまうこと、間違いなしである。

 

 

食わず嫌いをすることなかれ

さてここまで、私が特に好きな作品を紹介してきた。川原泉は他にも多くの短編作品も描いており、これらも秀逸な作品揃いなので、ぜひそちらも読んでみてほしい。

また、『メイプル戦記』は、『甲子園の空に笑え!』に登場した広岡監督が、初の女性プロ野球チームを手掛ける話となっており、こちらもなかなか読みごたえがあってオススメだ。

 

このご時世、流行っているのはどうも血の気の多い刺激的な漫画ばかりな気がする。もちろん胸を熱くするそうした娯楽も良いが、時には川原漫画で、肩の力も毒気も抜かれてみてはいかがだろうか。

川原作品に登場する人物たちは、一見どんなにコワモテだろうと、冷たい目をしていようと、よくよく知れば皆どこか人間臭くてカワイイ。私の苦手なあの人も、色眼鏡を外して見れば意外といい奴なのかもな、なんて思えてくる。

“一昔前の少女漫画”と侮らず、ぜひ一度この川原ワールドに触れてみてほしい。そしたらきっと、そこのちょっと疲れちゃったアナタもこう思えるはずだ。

 

この世界もまだまだ捨てたもんじゃないかもな

もうちょいしぶとく生きてみっか

ーってね。わはは

いいね!!

この"好き"を書いてる人

Churu

方言に憧れてる系江戸っ子

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